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2009/03/20
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Column

Life is beautiful〜世界の住宅様式の紹介や豊かな暮らしを送る為のコラム

500年木造住宅(後編)

 都市は、そこに住む人々の暮らしの歴史の積み重ねとして育てられます。住宅を選ぶ際の選択肢の中で[ロケーション]が重要視される理由は、多くの人たちが[ロケーション]から得られる満足感に価値を置いているからです。人々は住宅を購入して生活の拠点を構えますが、そこで求めるものは、その都市から得られる文明と文化の積み重ねで、住宅の内部と外部に関わる生活環境の全てです。


 イギリスの第二の工業都市として栄えたビートルズでも有名な都市リバプールは、町全体の衰退化が進んでいます。しかしリバプール郊外の、石鹸王ウイリアム・レーバーによって19世紀末に建設された工業町ポート・サンライトは、現在でも高い需要に支えられて、投資対象とされるほど資産価値が上昇する住宅地として維持されています。それはポート・サンライトというガーデンビレッジが、豊かな生活環境を保全し続ける都市経営システムを持っているからです。


 資産価値を守ることができる都市経営がされている土地に、人々が住宅を購入していることも[ロケーション]を重要視していることの証明となるでしょう。ポート・サンライトに建てられている住宅と同じ程度の品質の住宅は、リバプール市内にも無数建てられていましたが、その多くは衰退していきました。それは住宅単体では、そこに住む人たちの住生活要求が満たされなかったからです。人々が住宅地に求める生活要求は3つあります。


ポート・サンライトの住居

ポート・サンライトの住居。当初建てられた900戸にはサンライト石鹸会社の従業員とその家族だけが住んでいたが、今ではその町並みの素晴らしさが大変な価値を生み、理想の住環境がある高級な住宅街として約三分の一が企業外の人間で構成されている。

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投稿日 : 2008/11/ 8

       
 
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500年木造住宅

 福田元首相が自民党の政務調査会住宅土地調査会長時代に「200年住宅」を提起したのはご存知の方も多いと思います。まだ現実のものとはなっていませんが、実現に向けて歩き出しています。そんな中、「500年住宅」なんていうとそんなものはあり得ないと笑われるかも知れませんが、それは日本の中に限った話でありまして、世界に目を向けて見ると珍しくない事で、200年住宅は欧米では普通にあります。「高温多湿で昔からの木造住宅国の日本ではあり得ない」と否定する人達がいるだろうと思いますが、欧米では、その国の人たちが存続させて半永久的に使い続けている例は実際に数多くあります。


 北ドイツやノルマンディー、ブリティン島などの歴史ある町には、500年以上守り育てて使われている木造住宅の街並みの例をいくつも見ることができます。例えば、日本でも古い街並みとして知られてきた、英国の劇作家、詩人であるシェイクスピアの生誕地、エイヴォン川のほとりにつくられたストラッドフォードという町があります。そこでは、シェイクスピアが活躍していた頃、劇場、教会、学校がいくつもあり、町全体はハーフティンバーやブラックアンドホワイトと呼ばれるオーク材でつくられた木造の建物が建てられ、今でも、当時栄えていた頃の住宅や学校、商業建築物で多くの人達は生活しています。


 これら500年以上使われ続けられてきた木造建築物は建てられた当時、この地方では優れた代表的な建築物で、時代を超えた現在でも憧れの建築物となっています。それらは時代が経ち、進歩していく中での生活の変化に合わせて、リモデリングを繰り返しながら人々に使われてきました。


シェイクスピアの生家

ストラトフォード・アポン・エイヴォンにあるシェイクスピアの生家。シェイクスピアが誕生したとされている部屋もあり、当時の毛織のカーテン、ベッドなどが忠実に再現されており見学も可能。

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投稿日 : 2008/09/ 4

       
 
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生活の変化と「会話」

 今では女性が仕事をする上での「腰掛け」という言葉は使われなくなりました。結婚後や出産後も子供の手が離れたら再就職をするといった「働く女性」が増えてきたからなのでしょうか。経済上の理由はもちろんですが、女性の仕事に対する意識も高くなってきたのではないでしょうか。それにともない、エンゲル係数も向上してきて外食にかける出費も多くなってきました。外食と内食(家庭での食事)の中間の[中食]という言葉も生まれて、テイクアウト食品や弁当、調理加工品や半加工して下ごしらえ食品類も多いです。種類も和、洋、中華と豊富で有名シェフや料理研究家の味まで家庭で味わう事が出来て、味に対するこだわりが強い人たちも増えてきました。お湯に入れたり、レンジに入れて温めるだけの食品は調理時間も省けて、仕事を持った女性に多く利用されています。


 こういった食生活に対応して、キッチンも変化してきました。電子レンジは欠かせない物となり冷蔵庫は大型化して、特に冷凍庫の容量が増えて食品をストックする場所やパントリーも必要とする方も増えてきました。食事のスペースもキッチンカウンターの延長線上や、対面カウンターを取り付け、バーカウンターのような場所で食事をとる方法も増えてきました。時間の効率化と椅子生活への変化で生まれた食事法ですが毎日、毎食そこでとるのは好ましくありません。向かいあって座るダイニングエリアが必要です。会話を楽しむ習慣がうまく育ってこなかった日本文化にとって、[食]を通じて会話をし、躾を学ぶことが重要だからです。


生活の変化と「会話」01

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投稿日 : 2008/08/13

       
 
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自由なデザインのビクトリアン様式

 クラシック住宅の美しさは、アメリカ人の憧れです。そこからは、歴史を物語るセピア色の写真のようにノスタルジックな想いが伝わってきます。そして今でも人々に慕われ続けています。その中の様式にビクトリアンスタイルというものがあります。豪華で大規模なデザインの中にも精巧な装飾が施されて、非対称な外観で自由にデザインされており、クイーンアン、スティック、シングル様式といったものがあります。


 屋根が架けられたポーチやドーマーウインドーを用いたり、木工製品を使用したデザインはアメリカ南部の人たちにとって、環境や風景、日常生活に適していることなどの理由で広まって行きました。建築技術が進んできたことや経済状況が回復した中で、複雑な形状やディティールの住宅を建てる人が増えてきました。第二帝政、イタリアネイト、クイーンアンといった様式のデザインの影響を受けた、南部の住宅はビクトリアンフォーク様式として確立しました。そのデザインは、屋根付きのポーチが玄関前に広がり、変化に富んだ屋根がリズムを与え建物の表情を生き生きとさせています。


ビクトリアン様式

ヨーロッパ各地の建築様式を取り入れて作られた外観は、豪華な装飾が特徴となっている。

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投稿日 : 2008/07/ 6

       
 
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インテリアとしての鏡

 インテリアとしての鏡には、室内を2倍に広く見せるという機能に加えて、住む人に自分の姿を意識させ、知らず知らずのうちに身だしなみも良くさせるという効果があります。以前、日本の海軍は英国海軍を模範とし、兵舎には至る所に鏡があったそうです。形を整えることにより心も律した英国の紳士道の伝統ともいえます。


 おしゃれで有名な、フランソワーズ・モレシャンさんは、和風の家に住んでいたとき、鏡のための場所がないので、柱に細長い鏡を貼り付けて姿見にしていたと聞いたことがあります。ただし、くつろぎの場である居間にふつうの大きな鏡をつけて、終始自分の姿と対面しているのは疲れてしまいます。そこで、鏡の持つなまなましさ、冷たさを和らげる工夫が、とりわけデリケートな感覚を持った日本人には必要です。一つは、鏡そのものを選ぶこと。あまりはっきりと映る普通のものではなく、スモーク、グレイ、うす茶など、かすかに色のかかった鏡がデパートの内装などに使われていますが、これだと、ずっと穏やかな感じになります。


インテリアとしての鏡

壁にかけられた鏡によって、限られた空間をより広く明るく感じさせたり、映り込みによる奥行感やもう一部屋があるかのような錯覚、照明の反射などと、鏡の効用は大きい。また、鏡に自分を映す事が若さを保つ秘訣とも。


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投稿日 : 2008/06/20

       
 
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